『おんなのこきらい』の話

気がつけば5月の中旬です。就職活動、卒業論文、やらなくてはいけないことがたくさんある5月、GW感覚を引きずり、絶賛中だるみ中です。

そんな中で、最近は映画漬けの日々を送っています。映画館に足を運んだ作品やレンタルした作品など、ちょっとしたメモに残しておきたいと思います。



『おんなのこきらい』
主演:森川葵 監督:加藤綾佳

森川葵ちゃん見たさに、お友達と鑑賞してきました。森川葵ちゃん演ずるキリコが抱える「女の子は可愛いことに価値がある」「可愛いコト・モノが絶対」という「可愛い」の概念について考えていきたいと思います。

「チョコレート、アイス、マカロン、ケーキ…かわいいものみんな溶けて私の一部になればいい」(冒頭のシーン)

キリコにとって、可愛い自分を構成する要素でさえ、可愛いものでないといけない、というこだわりを強く感じた一言です。
そんな彼女にとっての「可愛いの価値観」とは、

「可愛い、可愛い、可愛い…。女の子はそれだけで生きていけるのです。生きる価値があるのです。」

キリコにはとっても大好きな人がいます。バーの店長をしているユウト。彼の部屋に帰り(半同棲)、体の関係もある二人ですが、どことなくお互いが好きで好きで付き合っている、というわけではないような気もします。
そんな時、バーには新人さやか(のちに様々な人と体の関係があるということが判明する)が入り、ユウトと良い雰囲気に。キリコにとっては目障りな彼女。ある日、キリコはさやかと彼が体の関係を持ってしまったことを知り、お店へ乗り込みにいきます。

「私の方がずっとずっと好きだし、私の方がずっとずっと可愛いもん!」

キリコにとっては「可愛い」が全てにおいて優先されることが分かるシーンです。(なお、自分が一番可愛いという気持ちの表れもあります)

「そういうところが嫌なんだよ」
とユウトに振られてから彼女の絶対的概念「可愛い」が薄れていきます。

そんな時に手を差し伸べてくれたのが、デザイナーの幸太。

◎幸太との関わり、出会い、流れ
かつての仕事で、デザイナーとしてのこだわりや伝統に趣を置く幸太に対して、キリコは自分の「可愛い」という価値観を否定されてしまう出来事がありました。(キリコのデザイン案に首を縦には振らず、それに対しキリコは自分の可愛いデザインを押し付けたため)

「男に媚びている女」
だと幸太は言います。私は、この映画を観ていくにあたって、幸太は一番女性の感覚を兼ね備えている、唯一女性の味方のような存在なのではないかと思いました。(キリコは女性から嫌われるタイプなので)

しかし、同じ専門学校に通っていた(幸太は彼女を知っていたため)というひょんなとこから仲良くなっていく二人。キリコはどんなに自分の「素」を魅せても優しい幸太に心を開いていきます。

話はユウトとの別れに戻ります。

◎「可愛い」が薄れる姿
キリコは彼に振られてから、「可愛い」姿である自分を見失い、その執着心は薄れていくように感じられました。
かつてのキリコの姿として、誰よりも朝早くに出勤し、ゴミを運び分別している姿が挙げられます。これは、「誰にもゴミを運んでいる様子を見られなくないから。」そんな姿は「可愛くない」というキリコの信念の強さです。
しかし、キリコは髪もボサボサ、鏡も見ずに部屋着で公園のベンチで眠ってしまう始末。そんな時に、キリコは長かった髪を自らハサミで切り落としてしまいます。彼女の中の概念が変わっていく瞬間です。

手を差し伸べた幸太は(髪を切ってもこの姿を見せても)「可愛いよ」と今のキリコにとってまた魔法のようなの言葉であやします。

そんな中で

「私は幸せになる」
というキリコの強い言葉。キリコにとって幸太は特別な存在になります。

しかし幸太には付き合っている彼女がいるということを知ったキリコ。幸太の彼女は、キリコとは全く雰囲気の違う大人な女性。

「私のこと、好きになってよ」
「ごめん」
「可愛いなんて言わないでよ」

キリコにとって幸太の「可愛いよ」は全てだったように感じます。彼が可愛いと感じるものを自分の「可愛い」に設定変更して、また彼女は「可愛い」という概念に縛られていたのかもしれない。

再度掲げる。

「可愛い、可愛い、可愛い…。女の子はそれだけで生きていけるのです。生きる価値があるのです。」

この作品は、女性の心の奥底に潜む「可愛い」という概念を、考えさせられる物語であると感じる。

こうして私も作品の中に、自身の心に潜む醜さを見つけたような気がする。



◎『かわいいだけじゃダメみたい』(ふぇのたす)
http://www.youtube.com/watch?v=X82hZurzmEY&sns=tw