ジャニーズWESTデビュー発表から結成まで~10000字から辿る~

 

ジャニーズWESTは2014年4月23日に華々しくデビューした。

しかし、その裏では、数々の苦労や難題があったことを、ファンになったばかりである私自身も2013年12月31日、流れるTwitterのタイムラインから感じ取っていた。そのような状況の中、『裸の時代~僕がJrだった頃~(10000字ロングインタビュージャニーズWEST編)』MYOJO2014年10月号~2015年4月号で、今に至る背景や想いがジャニーズWEST本人の口から明らかにされた。

以下は、カウントダウン発表からジャニーズWESTが結成に至るまでを、7人の言葉から抜き出して時系列に並べ、まとめたものである。


 

2013年5月 直談判(淳太、照史、濱田)

「はい、淳太君と濱ちゃんと三人でジャニーさんにデビューしたいですって伝えにいこうって話し合ったんです。ここで言ってムリなら、もうデビューはないでって。気持ちを伝えても無理やったら、辞めようって考えてたんで。こんだけやってムリやったんなら、ムリなんやろうなって。」(照史)

 

「たまたまツアー中に社長の家に泊まることになって、3人で。今しかないって直談判しましたね。眠そうでしたからね(笑)3人で必死にデビューしたいねん!ってお願いして。最初は、ユーたちおっさんだから、って話をそらされて(笑)でも少しづつ、そうだねえってなり始めて。3人で、いけるぞ!ってアイコンタクトして、押せ押せ押せ押せって畳みかけて、切り込み隊長は照史で。しまいには泣き落としですよ。このままじゃ食っていかれへんねん、純粋にデビューしたいって気持ちもある。でも食っていけたら、それでええねん、って(笑)社長もだんだんその気になって。最後は考えとくって言ってくれて。」(濱田)

2013年9月 舞台『ANOTHER』

「みんなのインタビュー読んでると、ちょっとぼかしてるけど、9月の『ANOTHER』の時点で、7人でデビューって事務所から告げられてたんですよ。デビュー曲はどうするかって話もしたし、ジャニーズWESTの名前の候補の中にあって、だから俺らは7人でデビューできるって喜んで。カウントダウンでデビューするかもしれないって噂もあったし」(淳太)

 

「去年の9月、事務所やレコード会社の人と話しをされていただいて、そのときは7人でって話だったんです。だから、ついにきたか!って。でも、そっから進展がないまま、時間だけがすぎて…。」(小瀧)

 

「9月の『ANOTHER』のときに、関西Jrデビューの可能性あるよってジャニーさんから言われて、流星はドラマでうなかったんですけど、7人ちゃうかって6人で話したんですよ。俺ら、絶対7人でデビューしようって約束していて。」(神山)

 

「そんな話があるよって、軽く聞いてたくらいで。俺は12月の月末までドラマやってたから。みんなは、たぶん7人でデビューできるって思ってたらしいですけど」(流星)

 

「デビューに向けて、動き出してくれた。その後も、何度も話し合って、俺はグループ名にジャニーズってついたグループっ実はいないんで、ジャニーズってつけるのはどうですか?って言ったら、いいねって言われたり、ジャニーさんがグループ名7WESTってどう?っていうんで、いやそれもうあるで、とか(笑)」(照史)

 

2013年12月 

「最初、カウントダウンは関西Jrとして出るって言われて。それが直前で出演がなくなったって言われて。その数日後にやっぱり出る。舞台の打ち合わせもするから東京に来てって連絡がきて。新幹線に乗ったら、なぜか4人しかいない。二転三転してるし、なんか嫌な予感がするじゃないですか。で、東京に着いて打ち合わせが始まっても、誰も何も説明してくれない。埒あかんと思って、僕がスタッフさんに、なんで4人だけなんですかって聞いたら、4人でデビューすることになったって言われて。もう頭真っ白で。」(淳太)

 

「12月に4人が呼ばれて。7人の代表として呼ばれたと思ったんです。でも、話を聞いていくと、どうやら違くて、4人でいく、って伝えられて。4人にほうが売り方的に有利だからって。その通りかもしれないんですけど、僕らはすごく戸惑っちゃって。」(小瀧)

 

「俺、初めて4人って言われたとき、泣きそうになってタッキーに電話したんです。7って思ってたんですけど…って。そしたら、お前はどうしたい?って聞かれて。7でやりたいですって答えたら、これからのお前の一言一言でグループは大きく変わる。って言われて。その通りだなって、余計に悩んじゃって。もしも3人が追加されて7人になってもそれは3人にとって言良いことなのか、わかんない。」(照史)

 

「マネージャーからメールが意味深だったんですよね。今思えばですけど、今年関西Jrは出ません、って。まーまー確かに関西Jrとしては出てないですよね」(流星)

 

2013年12月31日 2013→2014カウコン

「デビューは全員の夢だし、一緒に目指してくれたファンの夢でもある。だから、デビューがなくなる最悪の事態は避けたくて、うかつなこと言えない。事務所の話をまず聞こうと思って。事務所は、4人のほうが早く世間に顔を知ってもらえるっていうんです。それでも、7の可能性はもうないんですか?って聞いたら、もし7人にするなら4人の後ろにくっつける形になるって。俺、それはほんまに嫌やったんです。濱ちゃん、神ちゃん、流星、俺にできなくて3人にできることがいっぱいある。なのに、そんな3人を後ろにするのは嫌やった。それじゃあ売れる気もしないし、俺らの魅力って7人横並びじゃないと発揮できないって俺は思うんです。だからそれには反対したんです。事務所から、3人には俳優をしながらグループとして活動させるビジョンがあるって言われたんで。俺がいうのは本当に生意気ですよ、でも3人が努力したぶんだけ役者として評価してもらえてる環境を与えていただけるなら、そしてお互い、大きくなったタイミングで7人グループになれるなら…衣装に格差ついたり、立ち位置や歌割りに差がつく…そんなんやったら4がいいって。結局、しげみたいに最初からずっと7にこだわる意見と、俺みたいに条件次第で4でもって意見で、グループ内でも意見がまとまんなかったんです。でも、デビューの話をなくさないためには、カウントダウンで発表するしかないよなってなって。」 (淳太)

 

「もちろん7人がいいってずっと思ってました。でもこの言葉を、どう受け取ってもらえるかわからないですけど、僕は一度は4人でやっていこうって腹をくくりました。残酷だと思います。4人で何度も話し合ったけれど、とくにしげは最後まで7ってことにこだわってましたし。だって追加されて4+3みたいな形になったら…それに次にチャンスが巡ってくるかもしれないのに、無理やりくっつけて3人の人生を弄ぶようなことになるかもしれない…。めっちゃ悩んで…。それでもやっぱり7人が良くてジャニーさんに電話したんです。留守電だったんで7人でがんばってみたいです。ってメッセージを残して。でも次に呼ばれたときも4ってなってて、想いを伝えても7じゃなかった。これは、腹をくくらなあかんのかなって、選ばれた4人も動揺してたんで、もう迷っちゃだめだって自分に言い聞かせて、後ろ振り返らんとこって言ったんです。それは切り捨てたんじゃなくて、このままずっと人数に関して引っかかってしまうんであれば、この4人にも未来はないから。7人がいいのは当たり前。でも、ここまできたら、それは酷やけど、今、やれることを全力でやろって。引きずらずにやろうって。留守電のことは伝えてないんで、ほかの3人からしたら、なんで、もう腹くくってんの?冷たすぎない?って思ったかもしれないんですけど、それでカウントダウンを迎えて。」(照史)

 

「こんなこと言っていいかわかんないけど…。心からは笑えなかったですね。正直。ああいう形では発表したくなかったです。4人でデビューってことずっと言えなくて…言えなかったっすね。それが、めちゃめちゃ重かったです。もう、あの時を超える苦しいこと、そうそうないと思うんですけど。3人とむっちゃ仲良いのにでも言えない。やっと伝えられたのが、カウントダウンの数時間前で。3人にメールして、3人からは、教えてくれてありがとうって返信が来たけれど、でも本心で言っているとは思えなくて。あんときほど辛かったこと、今まで生きてきた中でなかったんで…。悲しいとか、辛いとかじゃなくて、ホンマに痛かったんです。心が。あんな気持ち、2度と味わいたくないですね」(小瀧)

 

 「うーん、美談にはしたくないんで先に言いますけど、カウントダウンのとき…やっぱり、事務所の意向が一番やったから、1回、4でいくってなったタイミングでは、俺も、4なんや…って受け入れたっていうか。でも、でもなんかこうモヤモヤが4人ともあって、7って想いを捨てられなかったんですよ。カウントダウンのときはそれを必死に抑えてる感じがあって…。」(重岡)

 

「発表の数時間前でしたね。僕は大晦日オフで。ラッキー!初詣以降ぜ!って保育園からの友達を誘ってのんきに地元の神社言ってました(笑)出店で牛タン串が売ってて、俺のおごりや!って友達の分の買って、ほおばりながら参拝の列に並んでるときメールが鳴って。淳太からで…。だまっててごめん、実は…って。長いメールで。ただごとじゃまいぞって一瞬でわかって。ぱにくって文字が全然頭に入ってこないから、とりあえず最後までバーッてスクロールしたら、4人でデビューすることになりましたって。牛タン食ってる場合ちゃうやんって。ショックというより、えっ?えっ?うそやん!って状況を把握できなくて。グループメールだったんで、流星と神ちゃんから、教えてくれてありがとうって返信が送られてきて。全然、納得も心の整理もできてなかったけど、俺も送らなって。教えてくれてありがとうって同じ分を送って…。」(濱田)

 

「『ミスパイロット』の撮影が終わったばっかりだったんで、よっしゃ、やりきった!ってすっげー満足感もあって、いい年末やくらいに思ってて。そろそろカウントダウン始まるなって思ったら、4人から、ごめんなってメールが来て。何、考えたんやろうな、頭真っ白になりましたよね。お、んっ…!?って。なんかボーっとして、正直、ごめんなって言われても、なんも返す言葉もないから、全然、全然って返信するしかなかったんけど。ケータイ置いて、どうしようかなーって。とりあえず、目の前に両親おるから、放送で流れる前に言っとかなと思って。ま、言って。デビューするねんてって。はあ!?なんで入ってないんだ!(両親が)って。その後何日間か、俺が悩んでたり、ピリピリしてんの見守ってくれて、一切しゃべりかけてこなくて。あ、でも、思いつめてるように見えたんでしょうね。おとんにボソッと、やめるんやったらやめてええからな、って言われたのは覚えてますね。」(流星)

 

「もうちょいでカウントダウン始まるなってテレビの前にいたらメールが来て、誰かメンバーからのあけおめメールかな、まだ年明けてへんぞ。気早いし、しゃーないなーくらいに思って開いたら、4人からのメールで、えっ?って。なんか、なんやろ、体温がいっきに下がっていく感じがして。文章を読んでるんですけど、頭に入って来なくて。どういうこと?どういうこと?って。時間がホンマ止まりましたね。絶望しかなかったです。なんでなん?なんでこうなったん?俺なんかしたか?ってことが頭をぐるぐるまわって。でも仲間やから、デビューは喜ばしいことのはずで…おめでとうって返信したんですけど…4人が絶対悪くないのはわかる。でも、心の底から祝福できない。素直に喜んであげられへんことも辛くて。俺はソファに座ってて隣におかんがいて。おねえはキッチンからテレビ見てて。でも、このあと4人でデビュー発表するで、なんて言えるわけもなくて、ただ一緒に放送を見て。仲間の祝福すべき瞬間だから見てあげなきゃって。見たくない気持ちもあったけど…。正直、嘘であってくれって思いもあって、いつくんねん、いつくんねんって思ってたら、そのときが来て。のんちゃんは年齢的に客席にいて、ステージの3人が映し出せれて。ここかって、4人でCDデビューしますて声が聞こえて。(家族と)目も合わせることもできなくて、ただテレビを見てることしかできなくて。家で年越しをすると、カウントダウンが終わったら地元の神社へ初詣をするのが恒例だったんですけど、放送が終わったら、おかんとおねえは気を使って、そーっと布団に入って。俺はカウントダウンが終わっても、ずーっとテレビの前で死んでて。(流星と連絡)取りました。流星が唯一、あきらめてなかったんですよ。ホンマにコイツ強いなって。濱ちゃんは、最初はあきらめてたけど、流星の言葉でスイッチ入って。でも俺は、ホンマにあかんわ。もう、やめようって。ここで、やめたほうがいいわって。夢見るより現実見ようって。はっきり言って諦めました。今まで、妥協したこともない。やれることは、全部やってきた。それでもダメだったんやから。」(神山)

 

「正直、僕は終わったって思いました。あきらめモードというか。だって、この4人で、って発表したんですよ。でも、流星から電話が来て、俺はなんとしても入るよ、濱ちゃんも諦めんなよって。その言葉で一気にスイッチが入ったんです。神ちゃんも最初は諦めてたはずで。流星だけが諦めてなかった。こいつ、すごいなって。放蕩のピンチでもうつむかず顔あげるんだって。俺もあきらめちゃダメだって。」(濱田)

 

「ふたりとも、俺をアゲすぎなんすよ。たしかに濱ちゃんと神ちゃんに、あきらめんなよ、って言いましたけれど、過程があって。俺、放送を見て、すぐにジャニーさんに、俺も入りたいです、って言おうって思ったんです。今、言わんと、どうすんねんって話やから。ただ、現場の状況がまったくわかんなかったから、把握してから言おうと思って、最初に優馬に電話したんですよ。あのメール来たあとだったんで、メンバーには状況を聞きづらいし、向こうも話しづらいやろうし、聞かれへんなと思って、会場にいた仲のいいのが優馬やったから、放送が終わってすぐ優馬に電話して。そしたらすぐ出てくれて。俺が話し出す前に、いきなりあいつ言ったんですよ。出た瞬間、今すぐジャニーさんに電話かけろ!って。優馬もデビューのこと目の前で見て知ったらしくて、どうなってるん?って逆に聞かれて。誰も状況をわかってなくて。とにかくすぐかけろ!って。オッケー、じゃあかけるわって、カウントダウン終わって10分くらいかな、ジャニーさんにかけて、そしたら、今バタバタしてるから明日かけなおすって言われて。っていうパターンのとき、ジャニーさんお忙しいから忘れてしまうことが多いんですよ。もうこれ終わったな…って、俺は一瞬思って。でも、あきらめないつもりでしたし、入るための努力はするつもりでしたけど、ホントに入れんのか?って不安のほうが大きかったし、1%の可能性に賭けてみようみたいな感覚やったんで。ジャニーさんに電話したけど…って優馬に報告しようとかけなおして。そしたら、優馬かっけーなって思ったんですけど、絶対いける!100パーいける!!って言いきってくれたんです。おれ、その言葉でスイッチが入って、絶対あきらめないって。俺も動くから大丈夫、絶対いける!って、あいつ言ってくれたんですよね。(神山君と濱田くんに電話したのはその後なんだよね?)はい、いけるかわかんないけど、入る努力はしようぜって。」(流星)

 

「カウントダウンが終わっても、4人で話して。しげとはホテルの部屋が同じやったんで、ふたりでずっと朝まで話して。」(淳太)

 

 

2014年1月 あけおめコン

「次の日、あけおめコンのリハがあったんです。どうやって顔合わそう、気まずいなって、流星とも神ちゃんともほとんどしゃべんなくて。でも、4人はまだ東京から戻って来なくて。俺、みんなで踊ってる最中、急にあー情けねーってひとり立ちすくんじゃったんです。リハ抜け出して裏口から外に出てって、なんか地獄でしたね。」(濱田)

 

 「カウントダウンもきつかったですけど、年明け4日からのあけおめコンもきつくて。そのときのリハーサルの雰囲気…。来てくださった方に失礼なんですけど、今までのコンサートの中で一番楽しくなかったですね、面白くなかったです。7人ともそうだったと思うんですけれど。流星とやった『Run from you』もいつもとどっか違っただろうし。3人としゃべれなかったですね。今まで1回も。そんなことなかったのに。言葉が出てこないんです。何をしゃべっていいのかもわからんくて。いつもみたいに絡まれへんし。ムリでしたね。流星たちも何話していいかわからなかったと思います。でも、僕より流星のほうが全然強くて。メールをもらったんです。気にしなくていいからって。」(小瀧)

 

「コンサートのリハから帰ったら、まさかの折り返しがジャニーさんからあって。30分くらいしゃべって、3人には俳優をやらせようと思う、ってことを言われて。俺は、入りたいよ、ってことを伝えて。もちろん、じゃあ7人で、なんてことにはなんないけど、伝えることは伝えて。そっからやっと、しげと望と連絡とって。4人の状況を説明してもらって。しげ、一生懸命動いてくれて。望も最年少でいろいろ大変だったろうけどがんばってくれた。やっぱ俺じゃないんですよね、最初からずっとあきらめなかったのは俺じゃない。断トツであきらめてなかったの、しげなんですよね。」(藤井)

 

「3人が呼ばれてソロの時は演技をメインで、3人が集まったらアイドル活動もするって形を提案されて、俺はそれに納得したんですね。これが現実やって。でも、流星と濱ちゃんは、絶対に入る!てあきらめなくて、たとえ、4+3のような形になったとしてもって。俺は、その形は一切ごめんやったんですよ。絶対嫌って。言うたら、今まで7人で一列でやってたのに、それが二列になるなんてごめんやって。」(神山)

 

「1月4日にコンサートがあって、顔合わせたんですけど、めっちゃきつかったです。でも俺らより、3人のほうが絶対きつい。7人だけじゃない。ほかの関西Jrもきつい。俺らがごめんって言うのは違うし、フツーに接することが一番だと思ったんですけど、フツーにはできなかったですね。」(照史)

 

「次の日のリハで4人が合流したんですけど、3人は3人、4人は4人で分かれてましたね。会話もなく。ホンマに忘れたいくらいの空気が流れてて。そしたらリハ何日目かな、照史くんに話しかけられて、4+3って形になるってどう思う?って。俺、絶対嫌やっていったんです。照史くん、そうだよね、って悲しそうな顔して。その会話を聞いてたスタッフさんに、嫌なのは当然。でも、照史くんの気持ちも考えてあげてって言われて。その瞬間、俺が間違ってるって気付いたんです。照史くんだって、4+3って形を望んでいるわけじゃない。7人でデビューできるための道を苦しみながら探してくれてたんだって。俺が嫌やっていうのは、どんだけ照史くんを苦しめるのか。俺、間違ってた。自分が苦しいからって、目をそらしていたんです。デビュー発表の時、一番つらかったんは、俺でも、流星や濱ちゃんでもない、4人やったって。テレビでは確かに笑っているように見えた人もおるかもしれないですけど、でも俺、見てて思ったんです。笑えてへんやん、って。ずっと一緒にいたからわかる。全然、笑えてへんやんってそれに気付けた瞬間、選択肢は、7人、しか俺の中でなくなったんです。」(神山)

 

「リハ、最悪の雰囲気で、地獄でした。3人とは一言も話せなくて…。家に帰って4人のデビューが3人のためにも正しい選択だって自分に言い聞かせたけど、なぜか胸のモヤモヤは消えなくて。そしたら濱ちゃんから電話がきたんです。いつもみたいにしゃべってよって。俺は、ごめん、どうしたらいいかわからんかったって謝って。そしたら濱ちゃんが言ったんです。俺はみんなとおるのが楽しい。今まで通りの関係でみんなとおれるなら、俺はそれだけでええ。正直デビューとかどうでもええって。」(淳太)

 

「いつも通りに接してほしかったし、接したかったのに、いつもの空気じゃ全然なくて。気を使ってる感じが。その夜淳太に電話したんです。いつもどおりしゃべってもらっていい?気を使われるのいややって。淳太の気持もわかる。とんでもないことが起きてるのもわかる。でも嫌やったんですよ。なんか、今までみんなで少しずつ積み上げてきたものが、全部壊れちゃいそうで。」(濱田)

 

2014年1月

「(濱ちゃんの電話)それを聞いた瞬間、モヤモヤが全部吹っ飛んだんです。俺もそうやって。4+3に見えるくらいなら4でって思ってた。それがお互いのためだって。でも、ちがう。そんな理屈じゃない。俺も7人で一緒にいたいんやって。濱ちゃんの一言で本当の気持ちに気付けて。そっから僕は、7人でお願いしますって事務所に伝えて。怖かったけど、楽しくないデビューなんて、誰かの涙や犠牲でできたデビューなんて意味ないから。」(淳太)

 

 「そっからのあとの仕事、なんもなかったんです。振付師さんに4人が日生劇場で舞台するけど、どうする?って聞かれて、もし出たくなければ、それでもかまわないって。なんか俺、ここ出なかったら本当に終わりだなって思って、出たいです!って言って。4人が社長や事務所の人に働きかけてくれてるって話を漏れ聞いたりもしてたんです。それでも進展はなくて。しげに言ったんです。いろいろ動いてくれとるらしいな。ありがとな。でももうムリやろ。俺、別の道探すわ、って。そしたらすっげー真剣な顔で、ちょっと待ってください。100%入れないとは思わなくてよいと思います。今はまだ、それくらいしか言えないですけど…って。その言葉で、なんか緊張というか不安が解けたんですよ。」(濱田)

 

「特にしげは、ずっと7人がいいです、って言い続けてて。たぶんあのころ僕、誰よりもしげと話し合ってて、もともと僕たちは7人やから絶対に7人でいこう、そうやな、って。しげが振付師に7人がいいですってひとりで言いに行ったんです。そのあと、僕が呼ばれて。お前はどっちがいいんだ?、って聞かれて。7人ですって。照史くんも。淳太君も動いてたと思います。それから少しづつ風向きが変わったんですよね。」(小瀧)

 

「照史くん、多才やし、器用やし、全体を把握できる。淳太君、いろいろ考えてて自分を持ってるから、相談することも多くて。ずっと壁だと思ってたB.A.Dのふたりと同じグループっていうのは、最初は多少も葛藤もあったけど、すっごい心強くて。小瀧も。昔からすげーなーって思ってるとこがいっぱいあって、ポジティブだし、物怖じしないし、あいつの心意気とかポジティブさとか、年下やけど分析して盗もうとしたこと何回もあるんですよ。でも、まだ足りないって思ってて。大人は、やっぱりいろいろノウハウがあるんで、テレビでも雑誌でも、7人よりも4人のほうが、ひとりひとりにスポットが当たる。仕事だってグループ7人なら7分の1になるって話もされました。そうかもしれない。でも、その考えは、僕は絶対受け入れられなくて。7人じゃなきゃダメだって。仕事って奪い取るくらいの気持ちがないといけないと思うし、俺は個人としてじゃない、グループとして売れたかったんです。国民的グループになりたいんです。それは半端な想いじゃないんで。そのためには、絶対に3人が必要なんです。だから情やないんですよ、全然。3人が絶対必要やって思ったのは。だって流星は、ビジュアルで絶対に人気出ると思いましたし、ボケーっとしてるように見えて、本当はいろいろ考えてる。神ちゃんも今までずっと一緒にやってきたから、俺はずっと見てる。歌もダンスも得意だし、絶対まだまだ伸びるとこがある。濱ちゃんのあのキャラは、他のだれかじゃ絶対に出せない。だから4人じゃない。7人のほうが絶対人気が出るって思ったんです。波風立てず、折れたほうがラクだったかもしれないですけど、それじゃ後から引きずっちゃうんで、絶対7人であることはブレたくなくて。だから、なんか美談にはしたくなくて、情じゃないですもん。そんなん3人に失礼やから。」(重岡)

 

「3人で話し合って、4人はもしかしたらデビュー自体がなくなってしまうかもしれないのに覚悟を決めてる。俺たち3人も覚悟を決めようって。それを4人に伝えて。後で知らされたんですけど、4人が、7人でってことを全力で押してくれて。でも、もしもやけど、3人の中で流星か濱ちゃん、どっちかが抜ける状態で6人、5人になるんだったら、僕は絶対に入ってなかったです。グループに入ることにこだわってたんじゃんくて7人であることにこだわったんで。」(神山)

 

「7人それぞれ個性がある。だから7人のほうがそれぞれの良いとこを、より出せるんじゃないかって思ったから…。ってなんか、それっぽい理由も考えたんですけど、本音はもっと単純で。好きなんですよ、メンバーが(笑)」(小瀧)

 

「コンサートで一緒にステージに立つと、家族みたいなものやし、しっくりくるんです。3人には、俺らにないもんいっぱいあるし、絶対7人だったら成功するって思えて。コンサート後、メンバー全員に連絡して。そうはしたくない、でももし、3人が追加されたとして、俺らのバックみたいに見えてしまうことがあるかもしれない。4と3みたいに見えてしまうかもしれない。それでもいいの?って。全員それでもいいって。僕は人数のことに関して、めっちゃ悩んだし、どう自分が動けばいいのかわからず無力さも感じた。 1個間違えると、いろんな人を悲しませてしまうから。でも、その答えを聞いて、心は決まって。ジャニーさんに、もっかい電話して、初めて自分の口から、7人でいきたいって直接伝えたんです。そしたら、自分たちで決めたんだから、責任持って、ちゃんとやるんだよ。って言われたんです。」(照史)

 

2014年1月 7人でのデビューが決定

「稽古初日にオーディションで選ばれた4人に選ばれなかった3人が加わって、ひとつのグループになるって構成を伝えられ、みんなでセリフを考えて。その構成を聞いたとき、確定したわけじゃないですけど、あ、入れるかもしれへん、って思いました。その日の晩、7人全員でごはん行って。」(濱田)

 

「『なにわ侍』のリハを7人で始めた時点で、7人でデビューだって気付いて。だから舞台の初日までがめっちゃ長く感じて、待ち遠しくてファンには言葉にできなけど、いいから信じろ。絶対に笑顔にさすから信じてくれって。ずっと胸の中で叫んでました。」(淳太)

 

「リハに呼ばれて、なんで呼ばれたんやろうって思って、いざ行ってみたら7人で曲のリハーサルが始まって、そこで、なんやろう。ホッともしたし、入れたんやと思いましたね。ただ、デビューするってことは、誰にも言ってなかったです。ホンマに誰にも。親にも言ってなかったです。家族にも、ファンの方にも、俺1人の言葉じゃない、どんな言葉でもない、7人の姿で、7人で並んだ姿で報告したかったから。」(神山)

 

「家族には)恥ずかしがりやなんで、電話じゃなくてメールを送ったら喜んでくれましたね。わかった瞬間に送りました。少しでも早く安心させてあげたかったんで。自分的にもよかったんですけど、親を安心させられたのは、なんかそれ以上に良かったですね」(流星)

 

「俺は、しげとか照史みたいに、7人でって最初からは動かんかったから、7に決まった瞬間から、今度は誰よりも動こう、貢献せなと思って。もう事務所の人に嫌われるくらい7人は横並びでお願いします。っていろんな人に頭を下げにいって。いろんな人と話して、仕事のジャンルも増やしたいから、村上くんにいろいろ相談したりもして。それでも最初の頃の歌割りは、4人のほうが多かったかもしれないけれど、最近はほとんどなくなってきて。最初は、衣装も3人だけ装飾がなかったり、流星だけ金色が少なめとかあったんです。衣装さんに頭を下げて、少なめにするなら、もう真っ黒にしてまったく別物にして目立たせてくださいって。ほかにも、神ちゃんが衣装に帽子つけたって言ったけれど、それは無しでって事務所に言われたんですけど、神ちゃんが望むなら絶対にかぶらせたいって思って、俺、帽子似合わんけど、僕、かぶりますって言って。そしたら神ちゃんの帽子もオッケーになるんで。」(淳太)

 

 2014年2月 舞台『ハロー東京!なにわ侍』

「この7人で失敗するなら、それで本望やと。もちろん、この7人だったら、絶対に失敗しない自信がありますけどね。ただ、俺が一度腹をくくったのは事実で。3人が諦めないでいてくれたから、7人になれたんだと思います。それと、7でスタート切ったからには、4+3じゃない、7人、横並び。ここからは、目立ったもん勝ちです」(照史)

 

 「4人の名前が最初に呼ばれて、次に3人の名前が呼ばれて。会場がザワザワして。この7人でデビューします、って言ったあとの歓声、全身が粟立ったっていうか、今までの人生で一番うれしかったです。うまく言葉にできないですけど、言うたら7人でデビューしたいってのは俺らの夢なわけで。なのに、こんなに応援してくれて、泣いてくれて、喜んでくれるファンがいる。幕が開いて客席が見えて。そのときの歓声と光景、一生忘れられへんと思う。支えられてんだって、あれほど実感したことはなくって。ファンの方だけじゃない、メンバーにも先輩や後輩にも支えられてた。カウントダウンが終わった直後、藤ヶ谷くんがメールしてくれて、なんかあったら連絡して来いよって。その一言にすごく救われて。7人でデビュー発表できた直後にも、どうであれ、よかったな!って。おかんが大阪から舞台を見に来てくれてて。一番に泣かせたろと思っているほうに行ったら、もう泣いてて。ダメですね、親の泣き顔はダメです。おかんの前で泣いたことなかったのに、俺のほうが号泣しちゃいました(笑)」(神山)

 

「最後のシーンだけ、セリフじゃなくて、本当の気持ちをアドリブで言おうってなって。そのシーンで照史に半泣きで、濱ちゃんが必要や!言われて、俺、泣きそうになって。そのあと、これで勢揃いやな!ってしげが言って。しげ、泣いてへんでって言うけど、目がうるってきてて。みんなの目にも涙溜まってて。もうやばかった。この7人で、本当に、本当によかったなって」(濱田)

 

「ステージ上で、7人でデビューすることを発表したとき、改めて感じました。自分のことのように号泣してくれるファンの人たちを見て、俺たちは支えられてんだって」(流星)

 

「関西Jrのメンバーや、家族、ファンの方、いろんな人が祝ってくれて、本当にうれしかったですね。今度は、心から笑えました。幼稚園か中学まで一緒だった地元の仲のいい子が中学時代の同級生、学年2クラスだったんで、5、60人なんですけど、全員から俺宛にお祝いのメッセージをもらってきてくれて。それだけじゃなくて、幼稚園、小学校、中学校の先生からの手紙とかも、アルバムにまとめて持ってきてくれたりもしたんです。山田くんと話す機会があったんです。よかったね、7人になって、って言われましたね。嬉しかったです。」(小瀧)

 

「待たせちゃったし、いろいろあったし、なのにみんな祝ってくれて。ファンが泣いてくれたのが嬉しくて。絶対、忘れられない最高の景色でした。デビューしてからラジオで僕らのファンの呼び方を募集して、ジャスミンに決まったんですね。ジャスミンって花もかわいいし、語感もきれいじゃないですか。しかも、花言葉のひとつが、あなたについていく、なんです。こんなに待たせて、こんなに泣かせて…。それでもついてきてくれたファンの呼び方がジャスミンって奇跡みたいにぴったりだなって、本当にうれしくて。」(淳太)

 

「そこもずっとブレでなくて、国民的アイドルグループですね。SMAPさん嵐さんのようになるって、並大抵のことじゃないですけどね。どこがゴールなのかもわかんない。でも、とにかく今を頑張るしかない。」(重岡) 

 



【以上が、10000万字から7人の言葉を抜き出して、時系列に並べたカウントダウン発表からジャニーズWEST結成の流れである。】


「この7人で良かった」という言葉を耳にするたびに、ここにある出来事が頭を過るが、きっとそれだけではない、もっと強い想いがそこには宿っていると思う。

私自身も、10000字を読み返しながら、心の底から「この7人で良かった」と再び実感するとともに、7人で居るのが当たり前である今に感謝して、これからもジャニーズWESTの応援をしていきたいと思った。